仙台家庭裁判所 昭和40年(少)2025号 決定 1966年2月08日
少年 K・H(昭二三・一一・二七生)
主文
この事件について、少年を保護処分に付さない。
理由
一 本件送致事実の要旨は、
少年は、(一)昭和四〇年六月初旬ころの午後零時ころ、塩釜市○町○丁目○番○○号海産物商○村○彦方一階六畳間において、同人所有の現金三、〇〇〇円位を(以下、(一)非行事実という。)、
(二) 同年七月○日午後一〇時ころ、同所において同人所有の現金三、五〇〇円を(以下、(二)非行事実という。)、
(三) 同年同月×日午後一〇時ころ、同所において同人所有の現金二、〇〇〇円を(以下、(三)非行事実という。)、
(四) 同年同月○○日午後一〇時ころ、同所において同人所有の現金二、〇〇〇円を(以下、(四)非行事実という。)、
(五) 同年同月××日午後一〇時ころ、同所において同人所有の現金二、〇〇〇円を(以下、(五)非行事実という。)、
(六) 同年同月△△日午後一〇時ころ、同所において、同人所有の現金三、〇〇〇円および手帳一冊を(以下、(六)非行事実という。)、
(七) 同年同月□□日ころの午前一〇時ころ、塩釜市○町○丁目、鮮魚小売市場において、上記○村○彦所有の現金二、〇〇〇円を(以下、(七)非行事実という。)、
(八) 同年同月○×日午前一一時ころ、同所において同人所有の現金三、〇〇〇円を(以下、(八)非行事実という。)をそれぞれ窃取したものである、
というにあるが、少年は当裁判所に対し終始一貫して上記事実をすべて否認している。
二 よつて審究するに、まず上記送致事実の存在を肯定できるが如き一応の証拠としては、つぎのものがある。
(一) 少年の司法警察員に対する供述調書二通
イ 昭和四〇年九月二四日付のもの(以下、第一回自供調という。)=少年が昭和四〇年六月および七月中に前後八回に亘つて被害者○村○彦方および鮮魚小売市場において、現金を総計二万円位窃取した旨の供述記載があり、さらに少年が具体的に(一)ないし(四)非行事実を自白した旨の記載がある。
ロ 同年一〇月一三日付のもの(以下、第二回自供調という。)=少年が前回供述に引続き、具体的に(五)ないし(八)非行事実を自白した旨の記載がある。
(二) ○村芳彦名義の被害届八通、
イ、昭和四〇年九月二四日付のもの、(被害月日、六月初旬)=(一)非行事実に符合する。
ロ、同年七月五日付のもの、=(二)非行事実に符合する。(但し、時間は不一致、)
ハ、同年七月九日付のもの=(三)非行事実に符合する。
ニ、同年七月一二日付のもの=(四)非行事実に符合する。
ホ、同年七月一六日付のもの=(五)非行事実に符合する。
ヘ、同年七月二一日付のもの=(六)非行事実に符合する。
ト、同年九月二四日付のもの、(被害月日時、七月下旬ころの午前一〇時ころ)=(七)非行事実に符合する。
チ、同年九月二四日付のもの(被害月日時、七月下旬ころの午前一一時ころ)=(八)非行事実に符合する。
ところで、司法警察員作成の窃盗被疑事件認知報告書、証人○地○次、松○一、○村○彦の各供述、および少年の当審判廷(第一・二回)における供述を総合すると、少年は昭和三九年六月ころから被害者○村○彦(以下、○村という。)方に住込就職し海産物の販売や配達に従事していたが、昭和四〇年八月初ころに退職し爾後住居地に帰つて家業の手伝をしていたこと。ところが同年九月一八日夜から一九日朝までの間に○村方において現金三〇万円位の盗難事件が発生し、かつて○村方に住込稼働したことのある少年にもその容疑がかかつたが、少年には事件当日ころのアリバイがあつたのでその容疑は一応消えたこと、しかし塩釜警察署では上記三〇万円盗難事件の捜査中に○村から、同人方でその以前にも少年の住込期間内に現金三、〇〇〇円位と手帳(売上を記したもの)の盗難事件があつた旨を聞いていたので、少年がこれに関係しているとみまた上記三〇万円盗難事件のアリバイ再確認のためもあつて同年九月二四日同署に少年の出頭を求めて(保護者は同道していない。)、松○一巡査が少年を午前一〇時ころから午後四時三〇分ころまで取調べたこと。その際少年は○村方に住込期間内に、二〇ないし三〇回位に亘つて同人所有の現金を窃取した旨供述したが、松○巡査はそのうちの一部すなわち(一)ないし(八)非行事実についてメモをとり、その日は第一回自供調だけを作成して、少年を午後五時塩釜港発の定期船(少年の自宅は同港から東方約一〇粁の島)で帰宅させたこと。一方同じ日に同署の○地○次巡査は松○巡査から上記メモを手渡されて○村方に赴き少年の自白の裏づけとなる被害届の提出方を求めたが、そのとき○村が他用で手を離せないというので、同巡査自ら上記メモにもとづいて被害届八通(上記(二)のイないしチ記載)の被害内容(被害日時、場所、被害金の種別、金額、作成日付など)を代書し、○村に対しその署名捺印を求めたこと。○村は現金三、〇〇〇円と手帳一冊以外は事実盗まれたかどうかさえ不明であつたが、その記載内容を確認することなく漫然と同巡査に乞われるままに署名捺印したこと。そして同署では、同年一〇月一三日に再び少年の出頭を求めて(このときも、保護者は少年が三〇万円盗難事件の参考人として取調べられているものと思い、同道しない。)、菅原巡査部長が少年を午前九時三〇分ころから一一時ころまでの間取調べ前回の自供内容にもとづき、第一回自供調に引続き第二回自供調を作成したこと。
以上の事実が認められる。そして、この事実から徴すると、上記(二)のイないしチ記載の各被害届は、いずれも被害者の真意にもとづいて作成されたものではなく、その記載内容は結局のところすべて少年の自供が基礎になつているものであるから、それ自体とくに上記少年の自供調書と別個独立した証拠となるものでないことは明らかである。しかるに、これら被害届のうち上記(二)のロないしへ記載の五通については、上記のとおりその作成(代書)日付が真実の日より遡らせて記入されていて、さらに警察署の受付月日までが事実に反し同年七月一〇日付、九月二四日付、九月二五日付と分けて記入されているなど、本件送致記録の中ではあたかも少年の自供の前に、既に一部の被害届が作成提出されていて、これら被害届が少年の自供とは無関係に作成されたかのように、しかも警察官の手によつて仮装されてしまつている(なお証人松○一、○地○次は、この点につき警察の犯罪検挙率や統計上の便宜からしたに過ぎない旨供述しているが、その合理的説明にはなつていない。)そのために、当裁判所は本件に関する当該警察官の捜査方法について少なからず不信の念を持たざるを得ないのである。そして、以上の事情のほかに、<1>学校照会書によると少年はかなり知能が低くて(中学一年時、全国標準版団体SS、三〇)、内気、無口な性格であると認められ、また当審判廷においても終始畏縮してしまつて附添人の助言がなければ満足に発言できない状況であるのに、少年の上記自供調書にはその約二月前の本件非行事実につきその動機、贓金の消費方法のほか各事実ごとに窃取金の種別、その枚数までを詳細に供述した旨の記載があり少年の知能性格からみれば極めて不自然と思われること。<2>少年はかつて補導歴もなく、警察署に出頭したのは今度がはじめてであつたこと。<3>証人松○一は、第一回自供調をとる際、「少年に威圧を加えるような言動をとつたことはない、」旨供述しているが、少年は当審判廷(第一、二回)において、「第一回目に出頭したときは、三〇万円盗難事件の参考人として呼ばれたと思つていたら、警察官からいきなり『○村方から現金等を盗んだことをいえ』といわれ、黙つていると『いわないうちは帰さない、牢屋に入れるぞ』などともいわれておどかされたので、このままでは最終の定期船(午後五時発)に乗り遅れてその日のうちに父母のもとに帰れなくなると思い、警察官の質問に合わせて適当に返事をし、でたらめのことをたくさん話して来た。」旨供述しておりこの少年の供述は前段認定の自供調書が作成される前後の事情に一致するところがあつて、これが単にいい逃れのための弁解だとは思われないことなど、これらの事情をも併せ考えると、第一回供調が作成される際には取調警察官にすくなくとも少年の弁解事実に近い少年を威圧するような言動があつたことが推認できるのであり、当時少年は身柄不拘束であつたとはいえ、少年の年齢、知能、性格などから考えると上記警察官の言動のために強い畏怖心をいだいたであろうことは想像に難くなく、或いは帰宅したい一心から警察官の質問に迎合し、虚偽の事実を供述するに至つたものと疑わざるを得ない。(なお、第二回自供調は、第一回取調における少年の自供内容をもとにして引続き調書にしたものに過ぎないが、このときにもまだ少年は前回での出来事を家族らに打ち明けていないので、依然畏怖心は消えず、前回の自供内容を訂正する勇気はなかつたと思われる。)
そうだとすると、少年の第一、二回自供調は、刑事訴訟法三一九条一項、三二二条一項但書にいういわゆる「任意にされたものではない疑」があると認められるのであるが、少年保護事件においても非行事実の認定如何は非行少年の決定に、延いてはその処遇の決定に関して重大な影響を与えている点に鑑み、同条項のような刑事裁判所において長年確立されている慣習的または合理的な証拠法則の根本的なものは、ここにおいても刑事裁判におけると同様に維持しなければならないと考えるのが相当であるから、上記少年の第一、二回目自供調書は、その証拠能力を否定すべきであり、本件非行事実認定の資料として採用することはできない。
三 したがつて、(一)ないし(五)、および(七)、(八)非行事実についてはこれを裏づける証拠はまつたくなく、また(六)非行事実についてはその被害事実を認めることはできるが、本件送致記録に表われた一切の証拠資料を検討したにもかかわらず、(当裁判所において証人三名、参考人一名取調。)ついにこれが少年の犯行であることを認めるに十分な証拠は得られなかつたので、もはやこの際本件はいずれも非行なしと認定して終局させることを相当と認め、少年法二三条二項により主文のとおり決定する。
(裁判官 佐藤歳二)